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名言クリップ①
2006/05/13(Sat)
「ぼくの知っている何人かの『老人』たちが、いつでも変化を怖れず、それどころか進んで変化を起こそうとしているのを見てると、これは『老人に見える青年』ではないかと思ってしまう。」
(糸井重里)


「苦しんでいる人、なやんでいる人には、こう、はげましてやろう。勇気を失うな。くちびるに歌を持て。心に太陽を持て。」
(ツェーザル・フライシュレン ドイツの詩人・作家)

「模倣なくして創造なし。」(野口悠紀雄)

「我以外皆我師」(吉川英治)

「一日一生。最善を尽くして神に祈り、神に祈りて最善を尽くす。悔いを残さないよう努力すれば、自ずから道は拓ける」
(藤井義弘)


「この世は興味あるもので満ち満ちている。こんなすばらしい世界で、だらだらと人生を送るのは、もったえない。」
(デール・カーネギー)


「真心をもって人を助ければ、必ず自分も人から助けられる。これは人生のもっとも美しい補償の1つである。」
(エマーソン アメリカの詩人)
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自己整理
2006/04/29(Sat)
【自分用メモ③】
悩んだ時は、

自分の頭の中を整理させてあげよう。

そんな時は1枚の紙に書いてみればいい。

悩みの解決にはならないが、解決の糸口にはなるだろう。

整理整頓。体系的かつシンプルな思考。
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自分への確認
2006/04/22(Sat)
【自分用メモ②】

上を向くより、今の立ち位置を確認する事が必要な時だってあるんだ。

立ち止まって左右を向いて、同じ様な人たちと群れていていることに気がつくこともあるんだ。

豊富な情報よりも、豊富な経験が実を結ぶんだ。

思考しすぎでもなく、しなさすぎでもなく、より社会への還元ができるような勉強をしていきたいんだ。

そう、時には自分を確認してあげないとね。
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意思を行動へと転化する
2006/04/19(Wed)
【※自分用メモ】

意思を持ってすぐに行動を起こせば、大抵の面倒なことは解決するだろう。

逆に言えば、後回しにするほど、締め切りの時間に追われ、自分を追い込むことになる。

できない・したくないと思いこんでいる自分を乗り越えることで、1つまた新たに成長できる。

そして生活を活動的にすることは、1日の時間を充実したものにすることなのだ。

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思考すること
2005/12/18(Sun)
僕がメインにとってるゼミはAPUの中でも、たいへんきついゼミの1つだと思う。

そこでは「思考」することが求められる。

沢山の文献を読み、抽象的な語彙を理解し、論理的に物事を考える。毎回のゼミでは、最初は15分間でA4一枚に自由テーマで論じる作業をし、その後は3・4人のプレゼンテーションが行われ、それに対してコメントを書く。毎回の課題として書評を1本。ゼミは夕方から始まり、終バスまで。その間、SPRの中で約40人が真剣に学問に取り組んでいる。

そこではやはり学べることが多い気がする。僕から見て、尊敬する人、反面教師にしようと思うような人、面白い人など様々な学生がいると思います。そういった人達と接すると自分の未熟さ、力不足、それに対しての歯痒さななど感じ、もっと頑張らないといけないと思う。

なんにしてもこれから思考することによりストイックになっていくんだろうけど、自分にも他人にも誠実であろうと思う。誠実とは私利私欲をまじえず、真心をもって人や物事に対すること。思考する人は別に偉い訳でもなく、ましてや相手と比較してけなす様なことに何の意味があるのかと。自分の中での成長として必要だと思うからやるだけ。ホントはSもMも関係ないんだと思う。自分と向き合い、やりたいことをやるために自分は思考していく。自分に何ができるのかの一つなんじゃないかと。

このゼミで僕がやりたいことはまだはっきりしていない。

それでも僕がやりたいことは「環境学」といわれるとても曖昧で、しかも学問として確立していないような学問を学び、環境というものに将来は関わっていきたい。曖昧で、学問として確立していなくても、現実に環境問題は起こり、環境は悪化している。そういったことに対して、自分が何ができるのか、何をしていきたいのかと考えるわけです。今の時点では、大学院に行き、より実践的な、より現実のフィールドに向かい合った事を習得したい。別にその後は研究者になるとかじゃなくて。

そう考えると、僕はこのゼミでは何を求めて入ったんだろうか。それは恐らく、冒頭でいっているような「思考」を深め、議論する力、論文力などそういったものを高めたいんだろう。それでも自分のやりたいこと「環境学」といったものはこのゼミでは補完できないとも思う。

先週の金曜にゼミに少し遅れるのは分かっていたけど、東南アジアフォーラムというのに出席してきた。東南アジアフォーラムというのは、東南アジアの研究をしているAPUの教授(SとM関係なく)が中心なって、月1回行われているフォーラムのこと。今回はたまたま学内の掲示板でポスターを見て、そのテーマが「熱帯資源とエコツーリズム」だったので、初めて参加してみた。京都大学の東南アジア研究所の方が、世界中の森林を回って、熱帯資源とエコツーリズムの関係性を考察し、何十枚の綺麗な写真と共に講義された。そこで思ったのは、その講義の内容にはリアリティがあり、またこれからどのようにしていくことが望ましいかという一つの提案があった(あくまでも一つの提案)。自分が求めているのはこういったものではないのかと漠然ながらに思う。(リアリティに関しては長くなりそうなので、また別に書きたいと思う。)

曖昧な学問を勉強したくて、自分の求めているものもまだまだ漠然としている現状ですが、なんとなく自分のやりたいことなのかなという気がします


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